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名古屋高等裁判所 平成元年(ネ)49号 判決

控訴人

千葉素樹

安井孝安

山口高平

村井進

池田美典

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

被控訴人

ファンシーツダ株式会社

右代表者代表取締役

津田荘太郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤典男

伊藤倫文

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らそれぞれに対し、原判決添付に係る株式目録記載の数の被控訴人の株券を交付せよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実欄に摘示されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  原判決の補正

原判決二枚目裏八行目の「1項のうち原告らが本件株式を所有していたこと」を「1項のうち控訴人らがもと被控訴人の株主であって、本件株式を所有していたこと」に改め、同末行の「従業員の当時、」の後に「一株につき」を付加し、同三枚目表九行目の「被告の」の前に「控訴人らは昭和六一年五月三日被控訴人を退職した。そして、」を付加し、同裏末行の「それぞれ到達し、」を「それぞれ到達したが、控訴人らの本件訴訟提起・遂行の態度等から、本件株式の譲渡金を提供しても、控訴人らにおいて当該譲渡金の受領を拒むことが明らかであると思料されたので、」に改め、同四枚目裏七行目及び一〇行目の「本件各誓約書は」をいずれも「本件各誓約書に基づく合意(本件合意)は」に改める。

二  当審における主張

(控訴人)

1 被控訴人は、控訴人らが被控訴人の従業員たる資格を昭和六一年五月三日に喪失(退職)した旨主張する。控訴人らの退職の時期が被控訴人の主張するとおりだとすれば、被控訴人は、控訴人らの退職後二年二月余を経てから漸く控訴人らに対して本件株式の譲受人指定通知をしたことになる。ところで、他方、商法二〇四条の二の規定の趣旨に鑑みると、本件合意(控訴人らは、退職の際、本件株式を一株当たり額面の五〇円で被控訴人の取締役会の指定するものに譲渡する旨の控訴人らと被控訴人との間の合意)に基づく控訴人らの株式譲渡の意思表示は、控訴人らの退職後二週間を経過した時に失効したものと解すべきである。そうだとすれば、被控訴人が控訴人らに対してした本件株式の譲受人指定通知は、控訴人らによる本件株式譲渡の意思表示が失効した後に行われたものというのほかはなく、これが無効であることは明らかである。

2 本件合意のように会社と各株主との間で締結される株式譲渡の自由制限に関する契約は、商法二〇四条一項の直接関知するところではない、とする意見があるが、このような契約の有効性を承認することは同条項による規制を空文化するものである。商法は、定款で株式の譲渡制限条項を制定できることを許容しているし、現に、少なからざる同族会社がこの種の制限条項を定款中に定めていることも周知の事実であって、それ以上に会社と株主との間の個別条件による株式の譲渡制限約定を有効と認める合理性があるのか、疑問である。

3 なるほど、右の個別契約が、従業員持株制度の維持を目的とするものである場合には、従業員が死亡・退職したときの株式の譲渡強制、譲受人指定の包括委任の二点に限ってその効力を認めることは必ずしも不合理ではない。しかし、その場合であっても、本件合意にみられるような株式の額面額による譲渡強制については、従業員に対するキャピタルゲイン保障の必要性に鑑み、当該株式が額面額以上の価格を有するときは、右に関する合意条項は例文と解するべきである。このことは、控訴人らと同様に誓約書を被控訴人に差し入れた津田英二が昭和六一年三月に被控訴人の株式を額面額を越える一株二五六円で売却していることからも根拠付けられる。他方、個別契約が、従業員持株制度の維持を目的としない場合には、会社は、同契約の条項及び信義則上、合意の効力を主張できないと解すべきであるところ、本件合意は、被控訴人の同族会社としての利益擁護の域を越えて、同族経営者の中でも特に津田荘太郎とその家族の利益を守ることを実質的な目的としたものと認められるから、無効といわなければならない。

4 額面額による株式の譲渡強制が不合理であることは、次の点からも明らかである。すなわち、株主の資本回収は、株式保有時においては配当(会社のインカムゲインの分配)の取得という形で、株式譲渡時においては株式の譲渡代金の取得という形でそれぞれが実現される。そして、株主に対するインカムゲインの保障は、本来、配当性向を一〇〇パーセントとすることによって実現されるべきであり、また、株式譲渡の際の譲渡代金を定めるに当たっては、含み益の増加や業績の向上等に起因する株価の上昇分を保障することが不可欠である。ところが、被控訴人は、その配当性向を低目に抑えることに終始し、昭和五七年三月期から昭和六〇年三月期までの被控訴人の株式配当率は引続き僅か八パーセント(年率)に過ぎず、他方、本件譲渡時における株価は額面額の数倍に達していたのであるから、これらの事情に鑑みると、額面額による譲渡強制によって、控訴人らが本件株式についての正当な資本回収の利益を剥奪されていることは明らかであり、この点からも右の額面額による譲渡強制が不合理であるということができる。

(被控訴人)

1 控訴人らの右主張はすべて争う。

2 控訴人らは、本件合意においては、控訴人らが退職する場合には、退職と同時に、控訴人らから被控訴人に対して、本件株式の譲渡承認請求があったものとして取り扱う、という趣旨の約定が含まれている旨主張しているが、本件合意は、控訴人らによる本件株式の譲渡について控訴人らが予め譲渡の相手方の指定請求権を放棄すること及び控訴人らが被控訴人の取締役会の指定する者に本件株式を譲渡することを内容とするものに過ぎない。また、被控訴人は、控訴人らが被控訴人を退職することとなる一月前の昭和六一年四月三日、控訴人らを含む一二名が突然退職願を提出し、翌四日から有給休暇を取って出勤しなかったため、事務引継ぎが全くなされない状態となり、このため、被控訴人は、企業組織として半身不随とでもいうべき状態に陥り、倒産の危機に直面する羽目にまで立ち至ったところから、控訴人らの強調するような取締役会を開催して株式の譲受人を指定することのできるような状況ではなかった。そのうえ、控訴人らは、被控訴人を退職後、本件誓約書に基づく合意の効力を争い、本件株式譲渡の意思表示の不存在を主張し、ついには株券の発行を求める本件訴訟を提起したため、被控訴人は、事態の推移を眺め、訴訟の見通しをも勘案して、昭和六三年七月一一日に本件株式の譲受人の指定をすることとしたものである。このような事情のため、右の株式譲受人の指定や譲受人による株式譲受代金の弁済供託が遅れたものである。このような経緯や状況に鑑みると、当審に至って、右誓約書に基づく合意がその一部において有効であることを前提として、右のような被控訴人の対応遅滞ないし懈怠の主張をする控訴人らの態度は、信義則違反であるというべきである。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項のうち、控訴人らがもと被控訴人の株主であって、本件株式を所有していたこと及び同2項の事実(控訴人らは、被控訴人に対し、昭和六一年一〇月三一日、各控訴人に対してその所有に係る本件株式について株券を交付するよう請求したが、被控訴人がこれに応じなかったこと)は、当事者間に争いがない。

二被控訴人の抗弁(控訴人らの被控訴人の株主としての地位の喪失)について

1  抗弁1項の事実(控訴人らはもと被控訴人の従業員であり、従業員当時、それぞれ一株につき額面額である五〇円を払い込んで本件株式を取得したこと)は、当事者間に争いがない。

2  同2項のうち、控訴人らがそれぞれ被控訴人主張に係る本件各誓約書(控訴人村井を除く四名については昭和五四年七月三日付けの、控訴人村井については昭和五九年一〇月五日付けのもの)を被控訴人に差し入れたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人らは被控訴人に対して本件各誓約書を差し入れ、これによって控訴人らと被控訴人との間で、被控訴人主張どおりの本件合意(控訴人らが被控訴人を退職するときには、控訴人らそれぞれ所有に係る本件株式を額面額(一株五〇円)で被控訴人の取締役会の指定するものに譲渡する旨の合意)が成立したことが認められる。

3  同3項の事実(控訴人らがいずれも昭和六一年五月三日被控訴人を退職したこと及び昭和六三年七月一一日開催の被控訴人の取締役会において、先に退職した控訴人らの所有していた本件株式を、その譲受けを希望していた津田龍太郎(被控訴人代表者津田荘太郎の息子)に譲渡することを指定する旨の議案が可決確定したこと)は、〈証拠〉により認められる。

4  同4項の事実(被控訴人から控訴人らに対する本件株式についての譲受人指定の通知及び津田龍太郎による本件株式譲受金の弁済供託)は、当事者間に争いがない。

三再抗弁(本件合意が無効である旨の)について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人の現代表者津田荘太郎の父である津田孝太郎は、昭和の初期頃、木材の輸入・製造・販売等を目的とする木材業を創業し、昭和二三年九月二九日、これを法人(株式会社)化して被控訴人を設立したうえ、自ら代表取締役に就任し、昭和四九年五月一一日に死亡して現代表者の津田荘太郎と交替するまで代表取締役として被控訴人を采配していた。被控訴人は、右創業の経緯もあって、設立当初から、津田孝太郎、その妻の津田良、津田荘太郎、その実弟の津田英二、津田荘太郎の息子の津田龍太郎らを初めとする津田一族が役員の殆どを占め、その経営権を把握した同族会社であった。なお、被控訴人においては、昭和四三年七月一四日、その定款において、株式譲渡をするには取締役会の承認を要する旨が定められた。

2  被控訴人は、昭和四三年頃、従業員の財産形成に寄与するという従業員側の利益と、従業員に被控訴人の株式を取得させることにより愛社精神を高揚させ、会社との一体感を強めて会社の発展に寄与させるという会社側の利益とをその目的として、係長以上の役職にある従業員を対象とする従業員持株制度の導入を決定した。右制度の導入に当たって、被控訴人は、右対象従業員に対し、その目的を説明するとともに、持株の取得価格は額面額どおりであること、株主となった者は死亡を含む退職に際して株式を取得価格と同じ額面額で被控訴人の取締役会の指定する者に譲渡することを予め約束することとなること及び持株を取得するかどうかはあくまで従業員の自由意思であることをも併せて説明し、広く株主となるよう奨励した。当初、対象従業員の中で持株を取得したのは、控訴人池田を含めて四名だけであったが、同人らは、右制度の趣旨を了解し、本件合意内容を記載した本件各誓約書と同様の内容の誓約書を被控訴人に差し入れた。

3  その後、従業員株主は増え続け、控訴人池田以外の控訴人らも、控訴人村井及び同千葉は昭和五一年八月二四日、同安井は昭和五二年九月一四日、同山口は昭和五四年七月三日に、いずれも前記持株制度の趣旨を了解したうえ、それぞれ株主となった。控訴人ら五名が最初に持株を取得してから退職に至るまでのそれぞれの持株数の増減状況は、別紙「持ち株推移表」記載のとおりである。控訴人らが当初取得した株式は、いずれも被控訴人代表者津田荘太郎とその母津田良の所有に係る株式を譲り受けたものであり、その後の増加分は増資によるものが多いが、いずれの場合にも額面額で取得され、その都度、控訴人らは、本件各誓約書と同様の内容の誓約書を被控訴人に差し入れており、その最終のものが本件各誓約書である。また、控訴人らのうち、控訴人池田は昭和五三年八月二三日に一万二〇〇〇株を、同村井は昭和五九年一〇月五日に四五〇〇株を津田龍太郎にいずれも同控訴人らの都合によって額面額で譲渡し、譲渡代金も異議なく受領している。なお、役職に就いた従業員の中にも、株主となることを希望しなかったために株式を取得しない者もいたが、それらの者がその後昇進等の処遇において株式を取得した者に比して殊更不利に扱われたということはなく、現に、株式を取得しなかった者の中で被控訴人の役員(取締役)に就任した者もいる。

4  本件株式を含む従業員の持株についての配当は、当初は概ね年率一五ないし三五パーセント、昭和五六年度分から年率八パーセントの各割合でなされ、控訴人らも、それぞれの年度毎に配当を受領している(これらの事実は、当事者間に争いがない。)が、昭和六一年度は、後記のような被控訴人の経営上の打撃等により、配当ができない状況となった。

5  従業員持株制度によって被控訴人の株式を取得した者のうち、その後退職した者(但し、控訴人らを除く。)のほとんどは、退職に当たって、譲渡代金を額面額どおりとするなど、何らの異議もないまま、差し入れた本件誓約書どおりの内容でその保有株式の譲渡を行っている。

6  昭和六一年四月三日、被控訴人の営業職従業員二三名(当時の従業員数は全体で約四〇名)のうち控訴人ら五名を含む一二名にも及ぶ者が突然一斉に退職届を出したうえ(退職届後三〇日を経て退職となる。被控訴人の就業規則(乙第二〇号証)、原審(第一回)及び当審における被控訴人代表者本人の供述。)、翌日から有給休暇届を出して出勤せず、更に、そのころ、右一二名によって被控訴人のコンピュータープログラムが無断で持ち出され、被控訴人のこれまでの取引先に対して被控訴人の名前を変えた請求書、納品書等が発送されるなどしたため、被控訴人は企業としての組織面、活動面の両面において大混乱に陥り、営業上壊滅的な打撃を受けた。このような混乱の最中である同年一二月二三日、控訴人らから、控訴人らが被控訴人の株式である本件株式の所有者であることを前提とする本件訴訟が提起されたところ、被控訴人としては、前記退職届提出の日から三〇日を経た同年五月三日をもって控訴人らはすべて退職となり、したがって、本件株式は控訴人らの所有ではなくなったと判断したが、被控訴人が右のように混乱状態であったことや控訴人らの本件訴訟が右のような内容であったところから、暫くの間は訴訟の推移を見たうえで、本件株式の譲受人指定のため取締役会を開催することとし、このため昭和六三年七月一一日に至って漸く右の取締役会が開かれ、譲受人に津田龍太郎を指定することが決議され、確定したものであった。

以上のとおり認められ、原審における控訴人ら各本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用できず、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

四右三の認定事実に基づき、控訴人らの再抗弁について検討することとする。

1 控訴人らは、本件合意は株式譲渡自由の原則を規定した商法二〇四条一項に違反し無効である旨主張する。しかしながら、右の規定は会社と株主との間で個々に締結される株式の譲渡等その処分に関する契約の効力について直接規定するものではないから、本件合意が、譲渡先と譲渡価格の点において株式譲渡の自由を制限するものであることを十分に考慮しても、そのことの故をもって、直ちに本件合意が同規定に違反するものであるとは断定できない。右の主張は採用できない。

2 控訴人らは、本件合意は公序良俗に反し無効である旨主張する。しかして、右の認定事実によれば、被控訴人が採用した本件従業員持株制度は、会社にとって、持株従業員に対して会社の発展に対する寄与を期待できるという利益があるとともに、持株従業員にとっても、被控訴人の株式をその時価にかかわりなく一律に額面額で簡便に取得することができるほか、相当程度の利益配当を受けることができるものであって、それなりに持株従業員の財産形成に寄与するものであることは疑いがない。もっとも、本件合意内容によると、持株従業員は、退職時には額面額で被控訴人の取締役の指定する者にその保有株式を譲渡することが強制されることになっているため、株式の自由な譲渡及びそれによる譲渡益の取得を否定されることになるが、前記のような従業員持株制度の目的を達成するために、自由な意思によって右制度の趣旨を了解して株主となった者と会社との間の合意によって、譲渡先を右のように限定することは、法令上禁止されているところではないし(控訴人らは、本件合意は、契約当事者が対等な立場に立って成立させたものではなく、控訴人ら従業員が自由な意思による契約締結のできない状態の下で成立したものである旨主張するが、先に見たように、被控訴人は、本件持株制度の導入に際し、取得対象者たる役職従業員全員に対してその目的及び取得するかどうかは自由であることを説明しており、控訴人らにおいてもこれを了解のうえ本件株式を取得したものであって、その取得の有無が従業員の自由な意思に基づくものであることは、役職従業員の中で持株を取得しなかった者がいたこと及びそれらの者が取得した者に比して昇進等の処遇において殊更差別されたことは認められないことからも明らかである。右の主張は失当である。)、また、譲渡価格が時価によらず額面額に固定されている点も、その取得価格自体が右と同額と定められ、取得時における時価とはなっていないこと及び本件株式のような非上場株式について持株従業員の退職の都度個別的に譲渡価格を定めることが実際上困難であることなどを考慮すると、株式の譲渡価格を額面額に固定する本件合意をもって、直ちに持株従業員の投下資本の回収を著しく制限する不合理なものとまでは断ずることができない。なるほど、本件においては、控訴人らが本件株式を取得してから退職するまでの間に相当の年月が経過しており、その取得後に右株式の時価がそれなりに高騰しているであろうことは推認するに難くはないけれども、既に見たような控訴人らの本件株式取得に至る経緯等に徴すると、譲渡価格についてのみ、控訴人らのような退職持株従業員に対して時価による譲渡益を保障しなければならない合理的理由は見い出しがたい。控訴人らは、額面額による株式の譲渡強制は、持株従業員のキャピタルゲインの保障に欠けるうえ、配当性向が一〇〇パーセントであって初めて達成されるインカムゲインの保障にも欠けるなどの不合理な点がある旨主張するが、右インカムゲインの保障に関する主張の是非はともかく、本件の従業員持株制度のもとにおける従業員の株式の所有は、前記のような制度の目的及び株式取得の手続、経緯等に鑑みると、すべての点において一般の株式投資と同列に論じることはできず、その投下資本の回収についてある程度の制約を受けることも性質上やむを得ないものというべきである。控訴人らは、本件合意は、被控訴人らの同族会社としての利益擁護の域を越えて、同族経営者の中でも特に被控訴人代表者津田荘太郎とその家族の利益を守ることを実質的な目的としたものであって、従業員持株制度の維持を目的とするものではないから無効である旨をも主張するが、前記のとおり、本件持株制度は持株従業員の財産形成と併せて被控訴人という会社側の利益をも目的とするものであるから、被控訴人が津田一族の同族会社である以上、被控訴人の代表者である津田荘太郎とその一族が本件持株制度の利益に与ることとなったとしても、何ら異とするに足りないものというべきである。したがって、本件合意が従業員持株制度の維持を目的としないものであると認めることはできず、控訴人らの右主張は採用できない。以上のほか、先に認定した本件の諸般の事情を総合すると、本件合意が、控訴人ら主張のように公序良俗に反する無効なものと認めることはできない。

なお、控訴人らは、被控訴人による本件株式の譲受人指定通知が控訴人らの退職後二年二月余を経た時期に行われたことを捉えて、そのこととの関連において、本件合意に基づく控訴人らの本件株式譲渡の意思表示は、商法二〇四条の二の規定の趣旨に鑑み、右退職後二週間を経過した時に失効したものと解すべきである旨主張するが、本件合意においては、被控訴人の取締役会が行うべき株式譲受人指定の時期についてまでの約定は存しなかったところ、右商法の規定の趣旨を、本件合意について控訴人らの主張するような効果を伴うものとして当然に斟酌すべきとする法律上の根拠がないのに加えて、先に認定したような控訴人らによる突然の一斉退職届の提出等及びこれによって生じた被控訴人の企業組織としての大混乱の事態並びに控訴人らによる右退職届提出等から本件訴訟の提起等に至るまでの控訴人らの被控訴人に対する姿勢等を考慮すると、被控訴人の取締役会による株式譲受人指定の時期が右のように遅れたからといって、そのことの故に被控訴人の側に対処懈怠の違法があったと非難することは当たらないものというべきであり、もとより、控訴人らによる本件株式譲渡の意思表示が控訴人らの主張するような期間の経過によって当然に失効したとする控訴人らの見解には到底左袒することができない。右の主張は採用できない。

五以上によれば、被控訴人の抗弁は理由があるが、控訴人らの再抗弁は失当であって、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないことに帰するから、これを棄却すべきである。よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官服部正明 裁判官林輝 裁判官鈴木敏之)

別紙持株推移表〈省略〉

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